東京地方裁判所 平成12年(行ウ)95号 判決 2000年12月21日
原告 株式会社オンスイ
被告 東京検疫所長 ほか1名
代理人 田中芳樹 小林孝雄 ほか5名
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一 原告の請求
1 被告東京検疫所長が原告に対して平成一一年八月三〇日付けでした食品衛生法違反通知(東検第三二三七号)及び同日付けでした食品衛生法違反通知(東検第三二三五号)をいずれも取り消す。
2 被告厚生大臣が原告に対して平成一一年八月一一日付けでした検査命令及び同年八月一七日付けでした検査命令(東検第一〇一九六号)をいずれも取り消す。
二 被告らの答弁
主文同旨
第二事案の概要
本件は、冷凍台湾産切り身のイズミダイ(テラピア)を輸入しようとした原告が、被告厚生大臣から食品衛生法一五条三項に基づく検査命令を受け、検査を経た後、被告東京検疫所長から右食品が同法六条に違反する旨の食品衛生法違反通知を受けたことに関して、右検査命令及び食品衛生法違反通知の各取消しを求めているものである。
一 法令等の定め
1 食品衛生法
(一) 人の健康を損なうおそれのない場合として厚生大臣が食品衛生調査会の意見を聴いて定める場合を除いては、添加物並びにこれを含む食品等は輸入してはならない(同法六条)。人の健康を損なうおそれのない添加物については、同法施行規則三条・別表第二で規定されており、一酸化炭素は右添加物に該当しないことから、添加物として一酸化炭素を使用し又はこれを含む食品等の輸入は禁止されている。
(二) 販売の用に供し、又は営業上使用する食品等を輸入しようとする者は、厚生省令の定めるところにより、そのつど厚生大臣に届け出なければならない(同法一六条)。
(三) 厚生大臣は、食品衛生上の危害の発生を防止するため必要があると認めるときは、政令で定める食品等であって、生産地の事情その他の事情からみて同法六条に規定する食品に該当するおそれがあると認められるものを輸入する者に対し、当該食品等について、厚生大臣又は厚生大臣が指定した者の行う検査を受けるべきことを命ずることができる(同法一五条三項)。
右検査命令の対象となる「政令で定める食品」等は、同法施行令で規定されており、本件各検査命令の対象なったイズミダイ(テラピア)はこれに該当する(同法施行令一条の五第一項一号ネ)。
法一五条三項の検査命令を受けた者は、当該検査を受け、その結果についての通知(以下「製品検査結果通知」という。)を受けた後でなければ、当該食品等を販売し、販売の用に供するために陳列し、又は営業上使用してはならない(同法一五条四項)。右検査結果の通知であって厚生大臣が指定した者(指定検査機関)がするものは、当該検査を受けるべきことを命じた厚生大臣を経由してする(同法一五条五項)。
(四) 検査を経た後、食品衛生法に違反すると判断された食品等については、検疫所長は、輸入者に対し、「食品衛生法違反通知」を行い、積戻し、廃棄又は食用外に転用するなど、必要な措置を行うように指導する(平成八年一月二九日付け衛検第二六号各検疫所長宛て厚生省生活衛生局長通知「輸入食品等監視指導業務基準」(最終改正平成一二年一月三一日生衛発第一一八号)(以下「輸入食品等監視指導業務基準」という。)の8項)。
(五) 前記(三)の製品検査結果通知又は(四)の食品衛生法違反通知にもかかわらず、その後、さらに輸入者が、同法六条に違反して輸入しようとした場合には、厚生大臣は、輸入業者等にその食品等を廃棄させ(廃棄命令)、官吏又は吏員に食品等を廃棄させ(いわゆる即時強制)、その他営業者に対し食品衛生上の危害を除去するために必要な処置(食品等の回収命令、輸入食品についての本国への積戻し命令等)をとることを命じることができる(同法二二条)。
2 関税法
(一) 外国から本邦に到着した貨物で輸入が許可される前のもの(外国貨物)は、保税地域以外の場所に置くことができない(同法三〇条)。
(二) 貨物を輸入しようとする者は、政令で定めるところにより、当該貨物の品名等必要な事項を税関長に申告し、貨物につき必要な検査を経て、その許可を受けなければならない(同法六七条)。
(三) 他の法令の規定により輸入に関して検査又は条件の具備を必要とする貨物については、六七条(輸出または輸入の許可)の検査その他輸入申告に係る税関の審査の際、当該法令の規定による検査の完了又は条件の具備を税関に証明し、その確認を受けなければならない(同法七〇条二項)。右確認を受けられない貨物については、輸入が許可されない(同法七〇条三項)。
二 前提事項(<証拠略>、争いがない事実)
1 原告は、魚類の燻製等水産加工食品の製造、輸入、販売等を業とする会社である。
2(一) 厚生省生活衛生局乳肉衛生課長及び食品化学課長は、各検疫所長宛に、「鮮魚に対する食品添加物の使用について」と題する平成六年九月二二日付けの通知(<証拠略>)を発した。右通知の内容は、一部の輸入鮮魚のなかに変色防止の目的で一酸化炭素を使用しているとの情報があるところ、化学合成品たる一酸化炭素を食品に使用することは食品衛生法六条に違反し、また、化学合成品以外の一酸化炭素を使用したとしても、変色防止操作を施した食品は、消費者に対して判断を誤らせ、衛生上の危害が生じるおそれがあるので、かかる一酸化炭素を使用した鮮魚が輸入されることのないよう管下関係営業者に対する指導を行うことを依頼する旨のものであった。
(二) 厚生省生活衛生局食品保健課長、乳肉衛生課長及び食品化学課長は、各検疫所長宛に、「食品衛生法一五条三項に基づく検査命令の実施について」と題する平成一一年三月一九日付けの通知(<証拠略>)を発した。右通知は、その別表に定める対象食品等について、同表に定める検査の内容に従い、全届出に対して指定検査機関の検査を受けるよう命じるべきことを要求したものであり、「台湾産切り身のテラピア(イズミダイ)(現場検査において、鮮紅色を呈することが確認されたものに限る。)(平成一〇年一月一六日付衛乳第六号、衛化第一号に基づき一酸化炭素による処理をされていないと判断されたものを除く。)」については、「一酸化炭素」について、検査を受けることとされていた。
3 原告は、被告厚生大臣に対して、平成一一年八月一〇日、冷凍台湾産切り身のイズミダイ(テラピア。以下、「本件食品」という。)二三九二キログラムについての輸入届出をしたところ、被告厚生大臣は、同年八月一一日、一酸化炭素が使用されているおそれがあるとして、食品衛生法一五条三項に基づく検査命令を発した(以下、「本件第一検査命令」という。)。
原告は、本件第一検査命令を受けて、被告厚生大臣の指定検査機関である財団法人日本食品分析センターに対し、右食品の検査を依頼したところ、右センターから原告に対し、製品検査結果通知書をもって、右食品には一リットル当たり三二〇マイクロリットルの一酸化炭素が検出されたことが通知された。
被告東京検疫所長は、原告に対し、同年八月三〇日、食品衛生法違反通知書(東検第三二三七号)をもって、右検査の結果、基準値(一リットル当たり一〇〇マイクロリットル)を超える一酸化炭素を検出したことを理由として、右食品について、積戻し若しくは廃棄又は食用以外に転用する措置をされたい旨の通知をした(以下、「本件第一違反通知」という。)。
4 原告は、平成一一年八月一一日、本件食品二六八〇キログラムについての輸入届出をしたところ、被告厚生大臣は、同年八月一七日、一酸化炭素が使用されているおそれがあるとして、食品衛生法一五条三項に基づく検査命令を発した(以下、「本件第二検査命令」といい、本件第一検査命令と合わせて「本件各検査命令」という。)。
原告は、本件第二検査命令を受けて、財団法人日本食品分析センターに対し、右食品の検査を依頼したところ、右センターから原告に対し、製品検査結果適知書をもって、右食品には一リットル当たり四四〇マイクロリットルの一酸化炭素が検出されたことが通知された。
被告東京検疫所長は、原告に対し、同年八月三〇日、右食品について、本件第一違反通知と同旨の食品衛生法違反通知書(東検第三二三五号)を発した(以下、「本件第二違反通知」といい、本件第一違反通知と合わせて「本件各違反通知」という。)。
5 原告は、被告厚生大臣に対し、平成一一年九月一六日、本件各検査命令について異議申立てを行った。
被告厚生大臣は、平成一二年二月二八日、異議申立人が検査機関の検査を受けたことにより、当該処分の取消しを求める訴えの利益が消滅していることを理由として、右異議申立てを却下した。
三 被告らの本案前の主張
1 本件各違反通知の取消しを求める訴えの適法性について
(一) 行政事件訴訟法三条二項の「処分その他公権力の行使に当たる行為」とは、「公権力の主体たる国又は公共団体が法令の規定に基づき行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているもの」をいう。
しかるに、検疫所長が行う食品衛生法違反通知は、法令の規定に基づいてなされるものではなく、食品衛生法一五条四項及び五項に基づく製品検査結果通知だけでは、一般の輸入者には、検査の結果が難解なために同法六条に違反しているか否かの判断に困難を伴うことが多いことを考慮し、「輸入食品等監視指導業務基準」に基づいて、検疫所が監視指導業務を適正に行うために、仮に輸入業者が当該食品の輸入を行えば法六条に違反することになる旨を輸入業者に警告又は教示することを目的に便宜的に行っているものにすぎない。
そして、食品衛生法六条に違反する輸入行為に対しては、右食品衛生法違反通知の後に、食品衛生法二二条に基づく厚生大臣又は都道府県知事による廃棄命令その他食品衛生上の危害を除去するために必要な処置をとることを命じることを内容とする行政処分が予定されているのである。
したがって、検疫所長が行う食品衛生法違反通知は、「その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているもの」に該当しないから、本件各違反通知は、行政事件訴訟法三条二項の「処分その他公権力の行使に当たる行為」には当たらないというべきである。よって、右通知の取消しを求める原告の訴えは不適法である。
(二) 原告は、最高裁昭和五四年一二月二五日第三小法廷判決(民集三三巻七号七五三頁)を引用し、本件各違反通知は「処分その他公権力の行使に当たる行為」に当たる旨主張する。
しかしながら、検疫所長による各食品衛生法違反通知がなされた場合において、輸入届出者がなおこれを輸入しようとする場合には、さらに厚生大臣又は都道府県知事による食品衛生法二二条による廃棄命令・除去命令等を内容とする応答的行政処分をすることが予定されており、他方、輸入届出者は食品衛生法六条違反の食品等を輸入することを法律上禁止されているとはいえ、食品衛生法二二条の行政処分の適法性を争い、当該食品等が食品衛生法六条に該当しないものであることを主張立証することによって、これを適法に輸入する道をなお有しているということができる。そうすると、検疫所長による食品衛生法違反通知は、食品衛生法六条に違反する旨の観念の通知にすぎず、また、もともと旧関税定率法二一条三項及び五項の輸入禁制品に係る税関長の通知とは異なり、法令の規定に準拠してなされるものではなく、かつ、これにより原告に対し輸入届出にかかる食品等を適法に輸入することができなくなるという法律上の効果を及ぼすものではない。
したがって、検疫所長による食品衛生法違反通知は、右最高裁判決における税関長による旧関税定率法による通知等とは異なり、行政事件訴訟法三条二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当するということはできない。
(三) 以上のとおり、税関において輸入が許可されないのは、食品衛生法六条に規定する食品に該当するとされるからであって、食品衛生法違反通知書が輸入者に対して交付ないし通知されたことに基づく効果ではないのである。
そして、右通知書を受領した後も、なお輸入しようとすること自体は事実上可能であり、その場合として、<1>検査等により食品衛生法六条に規定する食品に該当することが明らかになったにもかかわらず、なお税関申告を行う場合や、<2>積戻し若しくは廃棄又は食用以外に転用することなく保税地域に止め置き、食品衛生法六条に規定する食品等に該当しない旨主張するなどして当該食品について輸入する旨の意思が強固に示される場合などが考えられる。そして、これらの場合には厚生大臣は、輸入業者等に廃棄・除去等を命じることができるが(食品衛生法二二条)、右行政処分がなされた場合において、輸入業者が食品衛生法六条に規定する食品に該当するとの事実を争って右行政処分に対する不服申立てをなし、右行政処分が取り消され、食品衛生法六条に規定する食品ではないことが明らかとなれば、輸入業者がその後税関申告をして輸入することができることとなる。
(四) 税関では、輸入者に検査の完了又は条件の具備を税関に証明して、確認を受ける義務を課するとともに、これらの確認を受けられない貨物については輸出又は輸入を許可しないこととしている(関税法七〇条二項、三項)。
食品の輸入に関する本件については、食品衛生法六条に規定する食品に該当しないことが、関税法七〇条二項の「検査の完了又は条件の具備」と解される。
そして、税関は、食品衛生法六条に規定する食品に該当しないことを確認するに当たって、輸入手続を円滑に行うための運用上の措置として、厚生省が交付している届出済印が押捺された「食品等輸入届書」をもって行っている。ただし、税関においては、「食品等輸入届書」が提示された場合でも、食品衛生法に抵触するおそれがあると認めた場合には、直ちに検疫所に通報し、その回答をまって処理を行うこととしている。
このように、税関長は最終的に「検査の完了又は条件の具備」を確認して輸入を許可しているが、これは、食品衛生法の所管行政庁である厚生省による「検査の完了又は条件の具備」の有無に対する判断を、税関長が貨物の現物に即して確認することによって、輸入許否の判断を適正妥当に行えるよう形成された法的仕組みである。
他方、仮に添加物を含む食品等を輸入しようとする者が、届出済印が押捺された食品等輸入届出書を提出することなしに、右食品等が「人の健康を損なうおそれのない場合として厚生大臣が食品衛生調査会の意見を聴いて定める添加物以外の添加物を含む食品等」に該当しないことを独自の手段によって証明して輸入しようとした場合、税関は、右届出書の提出がないことのみをもって、輸入を不許可とするものではない。しかしながら、税関は、食品等輸入届出書が提出されない場合、厚生大臣への照会等を行い、同時に輸入業者に対しては食品等輸入届出書の提出を求めるのが通例であって、右証明のために輸入業者から独自に提出された資料のみによって、「検査の完了又は条件の具備」の証明の有無を判断して、輸入の許否を決定することもない。
(五) 出訴期間
本訴の提起は、本件各違反通知がなされたことを原告が知ってから三か月以上を経過してからなされたものである。したがって、本件各違反通知の取消しを求める本訴請求は、行政事件訴訟法一四条一項の出訴期間を徒過する不適法な訴えである。
原告は、最高裁昭和六一年二月二四日第二小法廷判決の趣旨からすれば、本件各違反通知の取消しの訴えは、出訴期間との関係においては、本件各検査命令の取消しの訴えと同様に取り扱うのが相当であり、出訴期間の遵守に欠けることはない旨主張する。しかしながら、右各訴えの間には、右判例のいう「特段の事情がある」ということはできないから、原告の主張は失当である。
2 本件各検査命令の取消しを求める訴えの適法性について
本件各検査命令に対しては、原告はすでにこれら検査命令に従って検査を受けたのであるから、右検査命令に関する検査行為が完了し、本件各検査命令の法的効果(食品衛生法一五条四項)は消滅したというべきである。したがって、原告には本件各検査命令の取消しを求めることによって実質的に回復すべき利益が既に消滅したというほかないから、本件各検査命令の取消しを求める訴えは訴えの利益を欠き不適法というべきである。
四 原告の反論
1 本件各違反通知の取消しを求める訴えの適法性について
(一) 本件各違反通知の処分性
被告らは、本件各違反通知はいわゆる観念の通知にすぎず、「処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法三条二項)には該当しないと主張する。しかし、税関長による輸入禁制品該当の通知を行政処分であると判断した最高裁昭和五四年一二月二五日第三小法廷判決(民集三三巻七号七五三頁)の趣旨に照らせば、本件各違反通知も行政処分に該当するというべきである。
すなわち、右最高裁昭和五四年判決は、税関長による当該貨物が輸入禁制品にあたる旨の通知は、「税関長の判断の結果を表明するもので」、かつ「右のような判断の結果を輸入申告者に知らせ当該貨物についての輸入申告者自身の自主的な善処を期待してされるものである」から、その法律的性質は「行政庁のいわゆる観念の通知とみるべきものである」と解しつつも、右通知は「もともと法律の規定に準拠してされたものであり、かつ、これにより上告人に対し申告にかかる本件貨物を適法に輸入することができなくなるという法律上の効果を及ぼすものというべきであるから、行政事件訴訟法三条二項にいう『行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為』に該当するもの、と解するのが相当である。」と判示し、当該通知の及ぼす効果に着目してその処分性を認めている。
これを本件についてみると、本件各違反通知は本件食品が食品衛生法六条に違反するという公権的判断の表示であり、かつ、食品衛生法六条に違反する食品はその輸入が禁じられているから、本件各違反通知は、原告に対し本件食品を適法に輸入をすることができなくなるという法律上の効果を及ぼすものということができる。
また、右最高裁昭和五四年判決は、関税定率法に基づく通知がなされた場合、さらに税関長から何らかの応答的行政処分がなされることは期待できず、他方輸入を強行すれば刑事処分のリスクを負わざるを得ないため、通知に対する取消しの訴えを認めなければ輸入申告者に適切な救済手段を与えることができないという実際上の必要性を考慮しているものと解されるところ、本件各違反通知の場合も、通知がなされた後さらに輸入禁止処分等の行政処分がなされることは期待できず、かつ輸入を強行すれば刑事処分のリスクを生ずることとなるから(食品衛生法三〇条)、本件各違反通知自体に対する取消しの訴えを認めなければ、原告に適切な救済手段を与えることができないといえる。
よって、右判例の趣旨に照らせば、税関長による当該貨物が輸入禁制品に当たる旨の通知と同様に、本件各違反通知も「処分その他公権力の行使に当たる行為」(行政事件訴訟法三条二項)に該当するというべきである。
(二) 被告らは、東京検疫所長が行う食品衛生法違反通知は、法令の規定に基づくものではないと主張する。しかしながら、右通知は、製品検査結果通知と一体となって、食品衛生法一五条四項の要求する通知の内容をなすというべきであるから、法令の規定に基づく行為というべきである。
また、被告らは、食品衛生法違反通知は、観念の通知にすぎず、その後に輸入届出者がなお輸入しようとする場合には、食品衛生法二二条に基づく廃棄命令等の行政処分をすることが予定されており、輸入業者はその違法性を争うことができると主張する。しかしながら、輸入届出をした食品が検査に供された場合、この検査に合格しなければ、食品等輸入届出済証が交付又は出力されず、税関長の輸入許可(関税法七〇条三項)がなされる余地はない。かように、検査に供された輸入食品は、結局、検査に合格しなければ、税関長の輸入許可がなされる余地はなく、当該食品を適法に輸入する途はないのである。したがって、違反通知は、輸入できなくなるという法律上の効果を及ぼすものであるというべきである。
(三) 出訴期間
右のとおり、本件各違反通知は抗告訴訟の対象となると解すべきであるが、本訴の提起は、本件各違反通知がなされたことを原告が知った日から三か月以上を経過している。
しかし、最高裁昭和六一年二月二四日第二小法廷判決(民集四〇巻一号六九頁)の趣旨からすれば、本件各違反通知の取消の訴えは、出訴期間との関係においては、本件各検査命令の取消の訴えと同様に取り扱うのが相当であり、出訴期間の遵守に欠けることはない。
すなわち、右最高裁昭和六一年判決は、土地改良法五三条の五第一項の規定に基づく一時利用地指定処分の取消しの訴えを出訴期間内に提起した後、右訴えを換地処分の取消しの訴えに変更したが、その変更が当該換地処分の一年以上後であったという事案において、変更後の訴えの出訴期間の遵守の有無は「両者の間に存する関係から、変更後の新請求に係る訴えを当初の訴えの提起の時に提起されたものと同視し、出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があるときを除き、右訴えの変更の時を基準としてこれを決しなければならない」と判示し、右「特段の事情」ある場合には、当初の訴えの提起が出訴期間内に適法になされている限り新請求にかかる訴えも適法となることを認めている。
右判例の趣旨からすれば、異議申立てを棄却又は却下された者が、引き続き取消しの訴えを提起するに当たり、異議申立てとは異なる内容の訴えを提起した場合でも、両者の間に存する関係から、取消しの訴えを異議申立てを経ているものと同視し、出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があるときは、取消しの訴えは適法となると解すべきである。
しかるところ、本件各違反通知取消しの訴えについては、不服申立ての目的の同一性、行政庁による誤った教示の点からして、出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情が認められる。
すなわち、本件各検査命令に対する本件異議申立てと、本件各違反通知の取消しの訴えは、本件食品が食品衛生法六条に違反するとする行政庁の判断を争い、本件食品の輸入を可能ならしめることを目的としている点では全く異なるところがない。そして、原告が、本件異議申立てをなすにあたり、本件各違反通知を対象とせず、本件各検査命令を対象としたのは、本件各検査命令には異議申立ができる旨の「教示事項」の記載があったのに対し、本件各違反通知にはかかる教示事項の記載はなく、かえって厚生省の担当官より本件各違反通知に対する異議申立てはできない旨教示を受けたことに起因する。したがって、本件異議申立ては、単に検査を受けることを命ぜられたことに対する不服の表明ではなく、本件食品が食品衛生法六条に違反するとする行政庁の判断に対する不服の表明としての意義を持つものであり、出訴期間の関係においては、本件異議申立てをもって審査請求手続を経ているものと同様に取り扱うのが相当であり、出訴期間の遵守に欠けるところがないものと解すべきである。
2 本件各検査命令の取消しを求める訴えの適法性について
(一) 原告は、本件各検査命令によって、単に検査を義務づけられる不利益を蒙っただけではなく、義務づけられた本件検査の結果に基づいて食品衛生法違反通知が発せられるという一連の手続により、事実上本件食品を輸入できなくなるという不利益を受けている。これは、原告が日本国内での販売を目的として買い付けた本件食品の購入価額及び輸送・保管コストその他の費用が、すべて原告の損失となるというきわめて重大な不利益である。かかる重大な不利益を受ける者に対し、当然、何らかの救済手段が与えられるべきことは、憲法三一条の要請するところである。
(二) しかるに、もし仮に本件各違反通知の取消しの訴えが許されないものとされた場合には、食品衛生法一五条三項に基づく検査の結果そのものについては不服申立てをすることができないことが明文で定められているから(同法一五条七項、第一四条五項)、さらに本件各検査命令の取消しの訴えも許されないとすると、原告は、刑事訴追されることを覚悟の上で輸入を強行し(同法三〇条一項)、当該刑事手続上で同法六条の解釈を争うことしか救済を受ける途はないことになってしまう。
(三) もっとも、本件各検査命令に対し、これに応ずることなく検査を受けないままの状態で異議申立てを行うことも、法律的には可能であった。しかし、検査命令の被処分者としては、たとえ検査を受けてもその結果が輸入を認めるものであるならば、検査に要する日数分の遅延のみで食品の輸入ができるのであるから、この段階では多大の時間と労力を要する異議申立てをあえて行わず、とりあえず検査を受けておくというのが合理的な対応であり(実際、原告が輸入を届け出た別便のテラピアの中には、検査命令に基づく検査の結果「基準値を超える一酸化炭素を検出しなかった」として輸入できたものも存在する)、これを非難することはできない。
ましてや、検査を受けることによって、輸入不能という不利益に対する救済手段がなくなってしまうなどということは全く予想できないことであり、検査を受けたことによって訴えの利益が失われたと解するのは被処分者に酷というほかない。
(四) 結局、本件各違反通知に対する取消しの訴えが認められないとすれば、本件各検査命令の効力を争うことが原告にとって唯一現実的な救済手段であり、これにより原告は本件食品の合法的な輸入が可能となるという利益を得るのであるから、たとえ検査を終了した後であっても、本件各検査命令取消の訴えには訴えの利益があるというべきである。
五 争点
以上によれば、本件の争点は、<1>本件各違反通知が行政処分としての性質を有し、取消訴訟の対象となるものであるかどうか(争点1)、<2>本件各違反通知の取消しを求める訴えは出訴期間を徒過したものとして不適法というべきかどうか(争点2)、<3>本件各検査命令について訴えの利益が認められるか否か(争点3)という点である。
六 なお、原告の本件各違反通知及び本件各検査命令の違法性に関する主張は、以下のとおりである。
1 本件各違反通知は、次の三点において違法である。
(一) 本件食品は食品衛生法六条に違反しない
本件食品の製造に際し使用されているのは、単なる一酸化炭素ではなく、多種の成分の複合体であるところの燻煙である。燻煙を使用して製造された食品は従来より輸入、製造及び販売等を許されており、本件食品は食品衛生法六条に違反しない。
(二) 平等原則違反
本件食品は、一酸化炭素を含む煙で処理しているという点で、他の燻製処理による燻煙食品も全く同様であり、かかる食品はハム、ソーセージ、スモークサーモン、鰹節等枚挙に暇がない。これら燻製処理による燻製食品が食品衛生法六条違反を問われることなく輸入、製造、販売等を認められていることは周知のとおりであり、一酸化炭素を含む煙で処理していることを根拠に本件食品のみを同法六条違反として規制の対象とすることは、原告に対する合理的理由のない差別的取り扱いにあたる。よって、本件各違反通知は法の下の平等を定めた憲法一四条一項に違反する。
(三) 検査方法の不当性
本件各違反通知は、それにより事実上食品の輸入ができなくなるというきわめて重大な不利益を与えるものであるから、その前提となる検査の手続及び方法は公正かつ合理的なものでなければならず、検査の手続ないし方法が公正さや合理性を欠く場合には当該違反通知は違法となる。しかるに、本件の検査方法は性質上きわめて大きな誤差を生ずることが避けられない著しく不合理なものであり、かつ一酸化炭素使用の有無を判別する基準値の合理性についても何ら具体的な根拠は示されていない。
2 本件各検査命令は、次の四点において違法である。
(一) 食品衛生法一五条三項は、厚生大臣が輸入業者に対し食品等の検査を受けるべきことを命ずることができる場合を「食品衛生上の危害の発生を防止するため必要があると認めるとき」に限定しているが、本件食品の輸入がなされても食品衛生上の危害が発生するおそれは全くなく、本件は「食品衛生上の危害の発生を防止するため必要がある」場合に該当しない。
(二) 食品衛生法一五条三項は、検査の対象となる食品を「第六条に規定する食品に該当するおそれがあると認められるもの」に限定しているが、前述のとおり本件食品は同法六条に何ら反するものではなく、「第六条に規定する食品に該当するおそれがあると認められるもの」にも該当しない。
(三) 平等原則違反
前記1(二)のとおりである。
(四) 検査手続及び検査方法の不当性
食品衛生法一五条に基づく検査命令は、食品の輸入にあたり原則不必要の検査を受けることを命ずるものである上、その結果次第では当該食品の輸入ができなくなるという重大な不利益を被処分者に与えるものであるから、命ずる検査の手続及び方法は公正かつ合理的なものでなければならず、検査の手続ないし方法が公正さや合理性を欠く場合には当該検査命令は違法となる。しかるに、本件各検査命令は、その対象の選別手続きが不公正であるとともに、指定された検査方法が著しく合理性を欠く。
第三当裁判所の判断
一 争点1について
1 行政事件訴訟法三条二項の「処分その他公権力の行使に当たる行為」とは、公権力の主体たる国又は公共団体が法令の規定に基づき行う行為のうち、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうと解される。
ところで、原告は、輸入者は食品衛生法違反通知を受けることにより適法に当該食品を輸入できなくなるという法律上の効果を受けるものであると主張するところ、食品を含む貨物の輸入を禁じることを定めている規定は、食品衛生法六条のほか、関税法七〇条が存在することから、まず、関税法の規定について検討する。
2 関税法七〇条二項及び三項は、輸入者に対し、他の法令の規定による検査の完了又は条件の具備を税関に証明して、確認を受ける義務を課するとともに、これらの確認を受けられない貨物については輸入を許可しない旨を規定している。
右規定は、貨物の輸入に関して検査又は条件の具備を要する旨規定している法令は、特定の貨物の輸入を禁止又は一定の条件に係らしめて制限することにより、それぞれ公共の福祉の増進、その障害の除去あるいは外国貿易の正常な発展等を目的として制定されたものであり、その検査の完了又は条件の具備を、最終的な取締官庁である税関が、輸入貨物の現物に即し、確認することによって、その行政目的を達成することを期することとした趣旨と解される。
そして、関税法七〇条二項の文言上、税関は、検査の完了又は条件の具備を輸入者に「証明」させるに止まらず、その「確認」をしなければならないとされていることからすると、税関は、他の法令の規定による検査の完了又は条件の具備の確認を行うことについて、最終的な判断権限を有するものと解される。このことは、同条一項が「証明」のみを要求していることとの対比からも明らかである。
なお、関税法七〇条一項及び三項は、他の法令の規定により輸入に関して許可、承認その他の行政機関の処分又はこれに準ずるものを必要とする貨物については、当該許可、承認等を受けていることを証明しなければ輸入を許可しない旨規定しているが、食品衛生法は、食品の輸入に関して右のような許可、承認等を要件としていないから、関税法七〇条一項にいう「他の法令」には含まれない。
3 そこで、食品衛生法六条と関税法七〇条二項との関係を検討するに、添加物を含む食品等の輸入が問題となっている本件については、食品衛生法六条に規定する食品等に該当しないことが、関税法七〇条二項の「検査の完了又は条件の具備」と解される。
なお、食品衛生法一五条三項は、厚生大臣が検査命令を発することができる旨規定しているところ、右検査命令に基づく検査が完了したとしても、その結果、食品衛生法六条に違反することが判明した場合には、当該食品等を輸入することはできないこととしないと食品衛生法六条の目的を達成できないから、食品衛生法一五条三項に基づく検査の完了をもって、関税法七〇条二項の「検査の完了」とすべきではないことは明らかである。
4 そうすると、通関手続において、食品衛生法六条に違反するか否かの判断が、輸入者による輸入の届出以後、いかなる方法で行われることとなっているかが問題となるところ、この点についての法令の定め及び輸入食品等監視指導業務基準(<証拠略>)の内容は、以下のとおりである。
(一) 輸入の届出は、具体的には、検疫所の長に対して「食品等輸入届出書」を提出する(食品衛生法一六条、同法施行規則一五条)か、又は電子情報処理組織によりオンライン端末に所定の事項を入力する方法で行われる(食品衛生法一六条の二、同法施行規則一五条の二)。
(二) 食品等輸入届出書の提出等を受けた検疫所では、検査の要・不要を審査し、検査が不要と判断されたものについては、輸入者に対し、提出された届出書の写しに、届出済である旨の印が押されたもの又はコンピュータにより出力される届出済証(以下これらを合わせて「届出済証」という。)が交付される。税関は、届出済証又は電子情報処理組織により、食品衛生法による輸入届出が終了したことに関して、関税法七〇条二項の確認をする(輸入食品等監視指導業務基準の4項、5項)。
(三) 検疫所において、食品衛生法一五条三項の検査が必要であると判断されたものについては、被告厚生大臣の名において、輸入者に対し、検査命令が発せられる。検査命令を受けた輸入者は、被告厚生大臣の指定検査機関に対して、輸入しようとする食品の分析試験を依頼する。
(四) 右指定検査機関による検査の結果の通知(食品衛生法一五条四項)は、検疫所を経由して、輸入者に対してなされる。検疫所は、検査の結果の内容のほか、検体の採取状況、ロット構成等を再確認した上で、食品衛生法六条に規定する食品に該当するか否かを判断する(輸入食品等監視指導業務基準の7項)。
右規定に違反すると判定された場合、検疫所は、輸入者に対し「届出済証」を交付せず、前記第二の一1(四)記載の「食品衛生法違反通知書」を交付し、必要な措置を行うように輸入者を指導する。また、検疫所は、検査命令の対象が保税中の食品等であるときは、「食品衛生法違反物件通知書」を管轄の税関長、税関支署長又は税関出張所長宛通知し、当該食品が食品衛生法六条に規定する食品であり、輸入許可を与えないよう依頼する(輸入食品等監視指導業務基準の8項、様式二三号、二四号)。
5 右のような法令の定め等に基づいて検討するに、検疫所長が食品衛生法違反通知書を輸入者に交付した場合は、輸入者に対して届出済証が交付されず、また、検疫所長から税関に対しては、食品衛生法違反物件通知書が交付され、税関に対して輸入許可を与えないことが依頼される仕組みになっているのであるから、このような運用からすれば、食品衛生法違反通知がなされれば、その後の税関における通関手続において、輸入の許可が与えられない可能性が実際上極めて高くなることは否定できない。すなわち、食品衛生法違反通知書に示された「当該食品が食品衛生法六条に違反する」旨の検疫所長の判断は、届出済証が交付されず、また、「食品衛生法違反物件通知書」が税関長に交付されるという仕組みを通じて、税関が関税法七〇条二項の確認を行う上で常に参照されることとなる。
しかしながら、前記2で説示したとおり、関税法七〇条二項において、食品衛生法六条に違反するかどうかの確認の最終的な判断が税関に委ねられていると解される以上、検疫所長の判断は、輸入を許可するかどうかについての税関の判断を法的に拘束するものではなく、税関が、輸入者が提出した資料等も考慮して、食品衛生法六条に規定する食品等に該当しないと判断した場合には、これをもって食品衛生法六条に規定する食品等に該当しないことが証明され、税関がそれを確認したものとして、輸入が許可される余地があるのであって、食品衛生法違反通知によって検疫所長の判断が示されたからといって、直ちに輸入の許可が得られないという法的効果が発生するわけではない。そして、この点に関しては、被告らにおいても、税関は、届出済印が押捺された食品等輸入届出書の提出がないことのみをもって輸入を不許可とするものではないことを自認している上(前記第二の三1(四))、届出済印が押捺された食品等輸入届出書が提出されない場合、税関は、通常、厚生大臣への照会等を行うとともに輸入業者に対して食品等輸入届出書の提出を求め、これらと輸入業者から独自に提出された資料によって「検査の完了又は条件の具備」の証明の有無を判断するとの趣旨の主張をしているところである。
他方、税関における輸入不許可の処分は行政処分であることは明らかであるから、税関長が、検疫所長の判断に添って関税法七〇条二項の確認ができないとして輸入を不許可とする処分をしたときには、輸入者は、右処分の適法性を争い、その中で、税関長が当該食品につき食品衛生法六条に適合することを確認しなかったことの適法性を問題にし得ると解される。また、被告厚生大臣においても、食品衛生法二二条に基づく処分がなされる可能性がある。輸入者としては、右各処分の取消訴訟を提起することにより、食品衛生法六条の適合性の有無を訴訟によって争うことができるのであって、その訴訟において処分を取り消す旨の判決がなされた場合には、税関長又は厚生大臣のうち被告となっていなかった行政庁は、行政事件訴訟法三三条にいう関係行政庁として当該判決の拘束力を受けることとなると解するのが相当である。したがって、本件各違反通知自体に対する取消しの訴えを認めなければ、原告に適切な救済手段が与えられていないということはできない。
さらに、前記一(四)記載のとおり、食品衛生法違反通知は、「輸入食品等監視指導業務基準」に根拠を有するものであって、食品衛生法に直接の根拠を有するものではない。また、食品衛生法一五条三項の検査命令に基づく同条四項の検査結果通知は、まさに検査自体の結果に関する通知であり、食品衛生法六条に違反しているかどうかの判断とは区別されるものであるから、食品衛生法違反通知をもって食品衛生法一五条四項にいう検査結果通知に当たるということはできない。
以上によれば、食品衛生法違反通知は、法令の規定に基づき行われる行為ではないのであって、その行為によって直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものでもなく、また、その行為を争わせなければ他に救済手段がないものでもないから、「処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当するということはできない。
6 よって、本件各違反通知は取消訴訟の対象となる処分であるとすることはできないから、本件各違反通知の取消しを求める原告の請求1項の訴えは、その余の点(争点2)について判断するまでもなく、不適法であるというべきである。
二 争点3について
1 食品衛生法一五条三項に基づく検査命令の法的効果は、検査命令を受けた者に検査を受ける義務を生じさせるとともに、「当該検査を受け、その結果についての通知を受けた後でなければ、当該食品、添加物、器具又は容器包装を販売し、販売の用に供するために陳列し、又は営業上使用してはならない。」というものである(同法一五条四項)。
しかるところ、原告は、前提事実3、4記載のとおり、本件各検査命令を受けた後、既にそれに従って検査を受け、右検査命令の結果についての通知を受けたものであるから、検査を受ける義務は消滅し、また、食品衛生法一五条四項の定める販売等の禁止の効力も消滅した。
また、前記のとおり、検査命令を受けその結果についての通知を受けることは、関税法七〇条二項の「他の法令の規定により輸入に関して検査の完了又は条件の具備を必要とする」ことには該当しないから、検査命令の法的効果として、被命令者に関税法七〇条二項に基づく、検査の完了又は条件の具備を証明し確認を受ける義務が生じるということもできない。
以上によれば、本件各検査命令によって生じた法的効果はいずれも消滅しているものであるから、本件各検査命令の取消しを求める原告の請求2項の訴えは、訴えの利益を失ったものとして不適法であるというべきである。
2 これに対して、原告は、<1>食品衛生法違反通知が争えないとすれば、刑事訴追を受けることを覚悟して輸入を強行し、刑事手続上で食品衛生法六条の解釈を争うことしか救済を受ける途はなく、検査命令の効力を争うことが唯一現実的な救済手段であること、<2>検査命令は、それ自体としては輸入者にとって特段の不利益とはならないが、その検査結果が通知され、基準を超える数値であることが判明した場合には、輸入者にとって著しい不利益が顕在化するのであるから、検査に不合格となった場合には、実質的に回復すべき利益又は目的があることからして、訴えの利益があると主張する。
しかしながら、前述のとおり、検査命令による検査を経て、食品衛生法違反通知を受けた者は、当該食品について輸入申告をすれば、それに対する応答的行政処分を受けることができ、仮に輸入が不許可となれば、これを争うことができるのであるから、この点に関する原告の<1>の主張はその前提において失当である。また、原告の<2>の主張は、検査結果が基準を超える数値となったという事実に基づき発生し得る不利益をいうにすぎないから、これを検査命令を受けたこと自体の効果ということはできず、検査命令とは別の問題であるというほかない。よって、原告の主張はいずれも採用できない。
三 以上によれば、本件訴えはいずれも不適法なものであるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 藤山雅行 谷口豊 杜下弘記)